
名水公園
白州町は山梨県の北西部に位置し、西に甲斐駒ケ岳(2.966m)・赤石山脈などの高山がそびえ、町の北部を釜無川が北から東へ伸びている。川に並走する甲州街道沿いには、台ヶ原・白須・下教来石・上教来石といった旧宿場町が散在している。
米作を中心に果樹・野菜・シイタケ栽培などが盛んで、マッシュルーム栽培や伝統的な寒天製造も行われている。
古くから風光明媚な地として知られ、和歌の名所でもあった。中央本線韮崎駅から国界行きバスに乗り、右手に七里岩、左前方に南アルプスの山々を眺めながら国道20号を長野方面へ行くこと約40分、松原上バス停で下車する。目の前に松林が広がり、森林の中を南西に約1km行った所に、サントリー白州デイストラリーがあり、左党の人には見逃せないところである。
ここは世界最大のウィスキー蒸留工場で、見学はいつでもできる。
ここを後に西へ向かい、鳥原集落に入り、家並みを過ぎると石尊神社入口に着く。参道には樹齢250〜300年といわれる松並木が約100mにわたって立ち並んでいる。息をはずませ急な石段を上がって行くと本殿と拝殿があり、本殿の彫り物や格天井がみものだ。
今来た道を戻り、東へ10分ほど行くと、やがて左手に松原山菜農場が見えてくる。5haの畑には山菜の王様タラノ芽の木などが一面に植えられ、山菜狩りも楽しめる。さらに東へ進み、左折して国道20号を長野方面に30分ほど歩くと下教来石に着く。
この集落には小正月の行事として、優雅な獅子舞と道祖神祭りが古くから伝承され、町の無形文化財となっている。
しばらく行くと、小学校跡地に建てられた熊本県果実連の新しいジュース工場があり、その向かいにあるのが下教来石諏訪神社だ。江戸時代の末に再建された本殿の彫刻は見事で、県の文化財に指定されている。
諏訪神社の先に、明治天皇が御巡幸の際に田植えをご覧になったという記念碑があり、さらに進み右手に七里岩と釜無川を眺めながら歩いて行くと、60分ほどで山口番所跡に着く。ここは信州口の関門だったところで町の史跡に指定されている。
今来た道を5分ほど戻り右折して国道に出ると、江戸時代の山口素堂の句碑がある。国道を渡り坂道を上がると山口諏訪神社がある。本殿は一間社流造りで、江戸時代の遺構として貴重なものである。
サントリー白州デイストラリー
デイストラリーとは蒸留酒製造所の意味で、昭和48年2月に稼動を始めたウィスキー工場で、敷地面積約83万uで、松やクヌギなどの山林の中に原酒工場、貯蔵庫、ウィスキー博物館が配置されている。この工場や博物館はいつでも見学できるので、
左党の人にはぜひおすすめしたい。なお敷地内の山林はバードサンクチュアリーに指定されている。

石尊神社
大山祗神と日本武尊の二柱を祭神とし、応永5年建立された。一間社流造りの本殿の彫り物は、名高い諏訪の立川流の大工の手になるもので、格天井の美しい絵は画家の運湲らが腕をふるったものという。
参道の松並木は樹齢250〜300年、根回り約3mの大木が56本も立ち並んでいて、県内では珍しく、町の天然記念物に指定されている。
松原山菜農場
5haの農場で、春のタラノ芽からはじまり、ミョウガ、ワラビ、トウモロコシなどの自然狩りができる。緑に囲まれ、環境豊かな中で、シーズンには家族づれでにぎわう。
山口素堂の句碑
有名な俳句「目に青葉 山ほととぎす はつ鰹」の作者、山口素堂は寛永19年5月5日この地に生まれた。素堂は江戸で漢学を修め、また京で和歌、書、俳諧などを学んで、芭蕉らとも親交があった。しかし彼は文学のみならず数理にも秀でるという博学の人で、土木工事の指導監督にも当たって水難にあえぐ村村を救済したと伝えられている。

武川村山高から見る南アルプス
武川村は山梨県の北西部に位置し、東は釜無川を隔て長坂町および須玉町に接し、西は鳳凰山の山頂(2.841m)を境に芦安村に、南は小武川をもって韮崎市に接し、北は大武川・尾白川を間に白州町と境を分けている。村内を富士川水系の支流
釜無川・大武川など6つの大小河川が流れ、自然豊かな村である。
中央本線韮崎駅からバスで国道20号を長野方面に走り、牧の原四つ角バス停を下車すると、そこはおいしい米の産地「武川村」である。この村には国の天然記念物が二つあり、一つは三吹萬休院の舞鶴の松である。バス停から大武川橋を渡り、
左に折れて西に向かうと萬休院がある。樹齢は約400年といわれ、枝が横に広がり樹容が美しく、ちょうど鶴が舞い上がる形に似ているのでこの名前が生まれた。この松から昭和60年に完成した新舞鶴橋を渡って約10分のところに民族資料館がある。米に由来のある農具をはじめ生活用品、軍事用品、祭事用品など1.200点の資料はすべて村内のもので占められている。資料館から南西に坂を登って行くと、世界の名木、山高実相時の神代桜(国指定天然記念物)がある。この桜は樹齢約2000年といわれ、シロヒガンの代表的な巨樹で、幹の太さでは日本一である。単紅色のこの桜の満開の姿は、雪をいただく甲斐駒ケ岳の峻峰をバックに大変素晴らしく、貫禄は十分である。また、この寺には村指定文化財となっている蔦木家代々の墓と石室群、梵鐘がある。
実相寺から西へ約20分のところに山高でもう一つの名刹、高龍寺がある。ここにも村指定天然記念物、カヤの木と山高氏代々の墓がある。高龍寺からうっそうと生い茂る木立の中を木洩れ日を浴びながら散策して40分、広大な草原と民宿で知られる真原牧場に入る。新鮮な野菜、果物がいっぱいで秋は栗拾いが楽しめる。真原牧場から新鮮な野菜を実らす畑地風景を見ながら30分、このコース最後の天然記念物、柳沢天満宮の大杉が見える。樹高36m、周囲3.6mと村内では最大の杉の木である。柳沢のバス停からバスに乗って10分、牧の原四つ角に戻ってくる。
この地域の生活文化の歴史は、恵まれた自然と共に調和を保ちながら、美しいハーモニーを奏でてくれる。この他、精神ヶ滝(落差121m)、キノコ山なども寄ってみたい。
舞鶴の松
萬休院の境内入口にある。樹種は赤松の名木で、全国にもまれに見るもので主幹の周囲目通り4m、樹高8.8m、枝葉繁茂して東西20m、南北15mの大樹である。寺記に聖武天皇の天平15年
行基が諸州を遍歴の途中、たまたま中山の地に来て、松樹の下の小庵をつくって本尊聖観音菩薩を彫刻したと伝えられているが、その時の松は寛永15年
堂宇とともに火事で焼け枯れたので、二世膺頓和尚がそのままにするのを惜しんで、中山から一株の松を移植し「二代目の松」といったのを、後に「舞鶴の松」と改めたと伝えられている。

山高から見る八ヶ岳
神代桜
実相寺本堂の南東側にあり、樹種はシロヒガンだといわれ、花が一ヶ所に群がって咲くので別名群ヒガンと呼ばれている。
昔、日本武尊が東征の時お手植えになったといわれ、樹齢2.000年余りである。日蓮聖人がこの地に巡錫された時、桜の樹勢が衰えているのを惜しみ、その蘇生を祈られた。そこで桜は再び樹勢を得て今日に及んでいるもので、一名妙法桜とも呼ばれている。大正11年天然記念物として国の指定を受けた。桜の下に芭蕉の詠んだ句碑がある。
真原牧場
美しい周囲の山々を見渡せる牧場で、家族そろってハイキングや山菜摘み、茸狩りが楽しめる。現在三つの民宿があるが
村営の「アグリーブル武川」では宿泊しながら農業体験ができる施設として人気がある。ここでは休憩として温泉につかることもでき、食事・お茶もとることができ
る。
また、甲斐駒ケ岳をバックにして白いキャンパスに色をおとせば、素晴らしい傑作品が生まれること間違いなし。ちょっと足をのばせば新緑、紅葉に色あざやかな姿を見せる美しい石空川渓谷、そこに流れる清らかな水、落差121mの精神ヶ滝、数々の山菜など、まさに大自然の宝庫に触れることができる。